西尾潤さん ファンミーティング開催レポート<前編>
“愚か者”シリーズ人気の高まりを受け、会場は満員御礼。熱量高いファン同士の交流も!

2025年12月19日(金)、『愚か者の身分』『愚か者の疾走』の著者、西尾潤さんを招いたファンミーティングを開催いたしました。チケットは発売後即定員80名が完売。遠くは福岡や長崎などからも駆けつけてくれ、大盛況となりました。
2025年10月に公開された映画『愚か者の身分』は、闇ビジネスから脱け出そうとする若者3人による逃亡サスペンス。北村匠海さん、綾野剛さん、林裕太さんによる魂の競演は第30回釜山国際映画祭で最優秀俳優賞を受賞するなど、高く評価され話題となりました。
映画公開後、その原作小説である『愚か者の身分』への関心も急上昇、映画公開に合わせ刊行されたその続編『愚か者の疾走』は、登場人物のタクヤ、マモル、梶谷のその後が「気になりすぎる!」という声とともに刊行から2カ月で4刷となるなど、「愚か者シリーズ」のファン層が大きく広がっています。
ファンミーティング当日の模様をレポートします。
『愚か者の身分』誕生秘話と映画化までの道のり
西尾潤さんと文芸編集部 編集長・野間裕樹によるトークセッションでは、西尾さんの創作ノートや編集者による赤字原稿などを交えながら、作品誕生から映画化までの裏側が語られました。
■「実は、私だけが“×”でした」大藪春彦新人賞選考の衝撃の裏話
『愚か者の身分』の原型となったのは第2回大藪春彦新人賞を受賞した「東京・愚男ダイアリー」。しかし、当時の選考では意外な事実があったと野間編集長が明かしました。
「実は、私だけが“×”をつけていたんです。他の選考委員である今野敏先生と馳星周先生は“○”。選考会後の飲み会でお二人に“お前は今までどんな小説を読んできたんだ”と詰められました。いかに見る目がなかったか」(野間)
「野間さんだけ私を選んでなかったんですよ~(笑)」(西尾)
「でも、当時のメモには“映像喚起力がある”とちゃんと書いてあるから、先見の明があったかも?(笑)。特にマモルが魚を持って歩くシーンが鮮烈でした」(野間)
■そもそもは“女性向けハードボイルド”として誕生。主人公は女性・希沙良だった
西尾さんは、創作の原点についてこう語りました。
「女性でも読みやすいハードボイルド作品にしたくて、最初は女性の希沙良(『身分』第二章に登場する槇原希沙良)を主人公に書いていました」
この時は『ビッチ』という作品名で、大藪春彦新人賞の第一回に応募するも落選。この中の一文に登場した“マモル”の存在が気になり、「じゃあマモルに何があったのか?」とアイデアを発展させていったことが、現在の『愚か者の身分』につながっていったと話しました。
■実はタクヤは“死んでいた”。
さらに西尾さんは、応募作『東京・愚男ダイアリー』の段階では、タクヤは生死が明らかにされていませんでした。しかし単行本化に向けて改稿する際、徳間書店の前社長のひとことが大きな転機となったといいます。
「徳間書店に受賞のご挨拶にうかがったときに当時の社長より“おもしろかったです。でもタクヤが生きていたらもっといいですね”と言われて、あ、それおもしろいかも、となったんです」。
このひと言と『ビッチ』で何気なく書いていた「あるべきところに目がなかった」という一文をきっかけに、臓器売買につながり物語が広がっていったことを語り、会場からは驚きの声が上がりました。
■赤字だらけの原稿・時間軸ノート、臓器売買メモも公開
編集と作家の“本気のやり取り”が作品を磨き上げた
単行本に向けて西尾さんとどのようなやり取りをしていたかについて、野間編集長は当時のぎっしりと赤字が書かれた原稿をスクリーンに映し出しながら、
「我ながら赤字がすごいですね……」
と苦笑。
西尾さんは、
「“卒倒しないでください”と書かれたメールを読んだあと、添付ファイルを開いたら、本当に卒倒しそうな赤字量で(笑)。それでも指摘されたところは一度すべて受け止めて直します。最近は、前後の文脈を考えながら調整しつつ修正したりもしていますよね」
と、物語が磨き上げられていく過程に、お客様は関心しきり。
さらに、西尾さんから
・登場人物の行動と出来事を時系列で整理した“時間軸表”
・臓器売買の仕組みや、タクヤの“目”をめぐる処置のリアリティを検討した詳細メモ
が書かれた創作ノートが披露され、物語の裏側を支える緻密な検討が行われていたことも紹介されました。
「スプーンで目をくり抜くわけにはいかないので、医療的にどう処置されるのか、誰が関わるのか……と考えていくうちにや“運び屋・梶谷”や元医師の“間宮”が生まれていきました」(西尾)。
また、こうした創作ノートは映画の脚本チームとも共有され重要な資料となったそうです。
■映画化のきっかけは永田琴監督からの1本のLINE。熱烈オファーを受ける
映画化の話が動き出したのは2023年。もともと西尾さんと知り合いだった永田琴監督から届いた「『マルチの子』って映像化の話ある?」というLINEのメッセージが始まりだったそう。
「実は私は『愚か者の身分』が好きで、これをウォン・カーウァイ作品のように映像化してほしいと思っていると返信したら、若者の貧困やトー横キッズに関心を寄せていた監督がすぐに読んでくれて“これを映像化したい”と。そこから一気に話が進みました」(西尾)。
「監督自らが徳間書店に来社くださりごあいさつをしてくれ、とてもめずらしいことなので驚くと同時に熱意をものすごく感じてうれしかった」
と、野間編集長が当時を振り返りました。

■1回目は「いいかどうか“わからん”」2回目は「ずっと泣けてやばかった」
映画『愚か者の身分』を初めて観たときの感想について、西尾さんは次のように語りました。
「初号試写で観たときは、良い悪いの評価ができなかったんです。シャツが川に流れていく冒頭のシーンから、いちいち“こうなってるんだ!”とか、“あのセリフをそのまま使うんだ”とか感動してしまって、映画全体としてどうだったかは正直わからなくて」と、映像として立ち上がったキャラクターたちに触れるたび、胸がいっぱいになったといいます。しかし、2回目の鑑賞ではようやく冷静に作品として向き合えたとしながら、
「2回目は最初から泣いてしまって……。皆さんが“泣きました”と言ってくださっていた意味がやっとわかりました」
と、映画が持つ力と、キャスト・スタッフの表現に深く心を動かされたことを明かしました。
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